第2章 圧縮から創発する世界——情報保持と三条件

切り取るとは、捨てることだった。そう聞けば、切り取られた世界は、捨てたぶんだけ貧しくなっていくように思える。

川は、昨日と同じ水を一滴も含まないまま、今日も同じ名で呼ばれる。街は、住む人が入れ替わりながら、同じ街でありつづける。逆に、流れの止まった川は川筋の跡になり、人の絶えた街は廃墟になる。在りつづけているものは、動きつづけているものであるように見える。動きつづけていることに、豊かさを感じる。

一分前の炎と、いま目の前で揺れている炎は、なぜ「同じ炎」なのか。

§2-1 動いている系——同一性は保存ではなく再生産である

ろうそくの炎——物質は入れ替わり、相関は続く

ろうそくの炎を見つめてみよう。一分前と同じ炎が、いまも目の前にある。同じ高さで、同じ色で、同じように揺れている。それでも、一分前にそこにあった燃焼ガスはとうに天井のあたりへ消えており、いま見えている炎は別の蝋と別の酸素から作られた別の燃焼である。物質は次々と入れ替わっている。それでもなお、私たちはそれを「同じ炎」と呼ぶ。

「同じ」と呼ぶ根拠は、物体としての連続性ではない。物体としては、炎は一秒ごとに入れ替わっている。にもかかわらず「同じ」と呼ばれるのは、燃焼という動態が同じ場所で同じ形をとって繰り返されているからである。すなわち、相関の構造——蝋・酸素・熱・光が結びつく仕方——が、時間を越えて再生産されているからである。

恒星・生物・神宮——階層を貫く再生産

同じことが、ろうそくの炎にとどまらない。

夜空の恒星は数百万年、ときに数十億年にわたって輝きつづける。だが恒星の内部では、毎秒膨大な量の水素が融合してヘリウムに変わり、その過程で生成された放射が外層を支えている。静水圧平衡と呼ばれる動的バランスが、絶えず崩れては立て直されている。同じ星と呼ばれるものは、同じ物質ではなく、同じ動態である。

生物の身体も変化していく。タンパク質は分解と合成を繰り返し、細胞は世代交代を繰り返す。生まれてから死ぬまでのあいだに、身体を構成する原子の多くが入れ替わる。それでも、その一人は同じ人物として扱われる。「同じ」の根拠は、入れ替わらない実体ではなく、入れ替わりが特定の規則性のもとで起こりつづけることである。

伊勢神宮では、二十年に一度、社殿が建て替えられる。同じ神宮と呼ばれるのは、建物としての連続性ではなく、建て替えという動態が特定の規則性のもとで繰り返されているからである。690年に最初の式年遷宮が行われて以来、この動態が継続している。物体は新しくなる。動態は古い。

動いている系の同一性は再生産である——存在の操作的条件

これらの観察は、一つの構造へ束ねることができる。証明ではない——階層の異なる四つの系が同じ形を示す、という観察の束ねである。動いている系の同一性は、保存ではなく再生産である。「同じだ」と言える根拠は、入れ替わらない実体ではなく、相関の構造が時間を越えて繰り返し立ち上がることである。

ここで、自分自身の呼吸を意識してみよう。

仮想してみる。吸った息を一切吐かない肺がもしあれば、その肺はすぐに膨らみきって動かなくなる。逆に、吸った息が一切留まらない肺があれば、酸素は血液に渡らず、身体は窒息する。実際の肺は、吸うと吐くを絶えず交代させ、その動態の中で酸素と二酸化炭素を交換しつづけている。一つの呼吸は、一つの動的均衡である。

そして、その呼吸が止まれば、「私」と呼ばれていた一個の動態は存在しなくなる。

ここに、本書が採る存在の見方が立ち上がる。何かが「存在する」と呼ばれるのは、それが他と区別でき、時間を越えて再び同じものとして指し示せるからである。瞬間ごとに区別不能になり、再同定できないものは、私たちの実践においては「存在する」とは呼ばれない。区別可能性と再同定可能性——この二つが、何かを存在と呼ぶための操作的な条件である。一つの系が「動いている」とは、この再同定を、みずからの相関構造の再生産によって時間の中で支えていることをいう。流れが一時的に止まっても、再び動きだす相関の型が保たれているなら、その系はなお動いている系である。止まって二度と型に戻らないとき、それは動いている系であることをやめる。

ここで一つだけ留保を置いておきたい。存在には、本書が扱う範囲を超える次元がある。何かが「ある」こと自体が、私たちの実践的な区別を超えてどこまで遡れるか——形而上学的な意味での存在は、本書の射程外である。本書はその次元の議論があることを承知しているが、そこには踏み込まない。

情報保持——相関構造の動的再生産

存在をこのように操作的に見るとき、存在の維持とは、相関構造を時間の中で再生産しつづけることに等しい。本書はこれを情報保持と呼ぶ。情報保持はエントロピーの減少ではない。部分系のエントロピーは増大してよい。蝋は灰になり、恒星は元素を重くしていき、細胞は熱を捨てる。それでもなお、全体として相関の構造が再生産され、過去との区別が可能であるならば、情報は保持されている。

逆に、相関が完全に消散し、過去状態との区別が不可能になったとき、その対象はもはや存在として扱われない。差異が差異として持続することと、存在として扱われることは、操作の上では同じである。

ふだん「自分」と呼ばれるもの、家族と呼ばれるもの、文明と呼ばれるものは、いずれもこの意味で動いている系である。物体としての実体ではなく、動的に再生産される相関構造である。

§2-2 動いている系の条件——Flux・Stock と HZ

時間の矢と摩擦——消えないコスト

動いている系が動きつづけるためには、何が要るのか。

物体としての連続性ではないことは前節で見た。同じ場所で同じ動態が繰り返されることが、同じ系と呼ばれる根拠だった。問題は、その繰り返しがどのような条件のもとで可能になるか、である。

まず、世界に組み込まれた根本的な前提から始める。

時間の矢——熱力学第二法則が定式化する不可逆性——は、孤立した系の無秩序が単調に増えることを要請する。コップに落ちた水滴は広がるが、自発的に元の水滴に戻ることはない。割れた皿はひとりでに復元しない。砂時計の砂は下に落ちるが、上に戻すには別の力が要る。過去と未来は対称ではない——過程は一方向に進む。

この不可逆性は、いかなる動いている系も逃れられない。物理系は法則そのものとして従い、化学系は反応の方向性として従い、生命系は老化として従い、生態系は種の遷移として従う。

不可逆性から、一つの重要な帰結が出る。秩序の維持にはコストがかかり、そのコストは消滅しない。 支払いは消えず、記載は残りつづける——不可逆性は、消せない帳簿として働く。

本書はこの構造的に避けられない不可逆コストを、摩擦と総称する。摩擦は、物理的な接触面に限らない。化学反応における活性化エネルギーの散逸、生物の老化、生態系における環境調整のコスト、社会的な調整のコスト——いずれも、区別された系どうしが接続を保ちながら動くときに不可避に生じる不可逆コストとして、同じ構造をとる。摩擦のない世界では区別された個物そのものが立ち上がらず、摩擦が極大の世界では区別可能性が散逸する。動いている系として持続するとは、摩擦を消そうとせず、しかし暴走させもせず、構造的に担いつづけることに等しい。

開放系と勾配——秩序が立ち上がる場所

しかし、世界には秩序が現にある。恒星は燃え、生命は代謝し、生態系は循環している。これらの秩序は、第二法則と矛盾しているわけではない。鍵は、それらが開放系であることにある。

孤立系であれば、無秩序は単調に増えるしかない。だが開放系は違う。系の境界を越えて何かが流れ込み、何かが流れ出している。流れ込む側が局所の秩序を組み上げ、流れ出す側が無秩序を外部へ運び出す。系の内側のエントロピーは、外部への放出と引き換えに、減少することができる。

ここで前提となるのが勾配である。エネルギーポテンシャルの差がなければ、流れは起きない。山と平地の高低差があるから水は流れる。高温の星と冷たい宇宙のあいだに温度差があるから熱が放射される。栄養が濃いところと薄いところの差があるから物質が拡散する。勾配があるから流れがある。流れがあるから局所秩序が組み上がる。

そして勾配の消費は、それ自体不可逆である。水は流れ落ちたら自分では上に戻らない。星の核融合が進めば、燃料は減って戻らない。開放系は勾配を消費しながら秩序を保つ。 勾配が枯れたとき、秩序の維持は終わる。

Stock と Flux——蓄積と流れ

ここまでで、動いている系の二つの面が見えてくる。

一つは、蓄積されているもの。星の質量、生物の身体、生態系の生物量、文明の制度——いずれも、過去に流れ込んだものが固定化された結果である。本書はこれを Stock と呼ぶ。

もう一つは、流れているもの。星の放射、生物の代謝、生態系の栄養循環、文明のエネルギー消費——いずれも、いま単位時間あたりに通過している量である。本書はこれを Flux と呼ぶ。

その流れがどこから来るのかは、一つの系を単独で見ているかぎり問えない——供給源は系の外にあるからである。

Stock と Flux の区別は比喩ではない。保存則——エネルギーや物質や情報の量が保存されるという原則——のもとでは、ある時点での蓄積量は、初期値に、それまでに流れ込んだ量を足し、流れ出した量を引いたものとして書ける。蓄積と流れの区別は、この収支の式に支えられている。そして開放系では、蓄積されているものと流れているものは必ず両方が同時に存在し、両者の比は時間とともに変動する。

HZ(創発可能帯域)——複数の安定状態が共存する範囲

この Flux と Stock のバランスが、動いている系の振る舞いを規定する。

仮想してみる。Flux だけが極端に大きく、Stock がほとんど形成されない系を考える。流れ込みは激しいが、構造として固定される前にすべてが流れ去ってしまう。激しい乱流の中では、渦は立ち上がる前にちぎれる。ここでは秩序は生まれない。

逆に、Stock だけが極端に大きく、Flux がほとんど通らない系を考える。蓄積は分厚いが、新しい流れが入らないために、外部の変動に応答できなくなる。氷河期に閉じ込められた湖の底のように、構造は固定したまま動かない。ここでも秩序は更新されない。

これら二つの極端のあいだに、Flux と Stock の両方が同時に成立している帯域がある。両極端の排除は、帯域がありうる場所を両者のあいだに絞る。その帯域が空でないことを示すのは、観察である——恒星は燃え、生命は代謝し、動いている系は現に持続している。流れ込みは構造を組み上げ、構造は流れの一部を蓄える。蓄えられたものが次の流れを方向づける。複数の動的安定状態が共存し、系はそのあいだを行き来する。この帯域においてのみ、動いている系は動いている系として持続できる。

本書はこの帯域を HZ(Heterostable Zone:創発可能帯域) と呼ぶ。Hetero は「異なる」を、stable は「安定な」を意味する。複数の安定状態が動的に共存する範囲、という含意である。摩擦の側から見れば、HZ は摩擦適合帯——摩擦が零でも極大でもない中間帯——の別名である。

HZ⇧ と HZ⇩——外れる二方向

HZ から外れる方向は、二つに区別される。

一つは Flux 過剰の方向——蓄積が追いつかず、流れが構造を散逸させてしまう側。本書はこれを HZ⇧(散逸方向) と表記する。

もう一つは Stock 過剰の方向——流れが詰まり、構造が固定して動かなくなる側。本書はこれを HZ⇩(硬直方向) と表記する。

これらは対称ではない。散逸では構造そのものが立ち上がらず、硬直では立ち上がった構造が更新されないまま朽ちる。しかしいずれの方向に滑落しても、動いている系としての持続は終わる。

階層を貫く HZ——たとえば、恒星・細胞・文明

恒星を例にとろう。恒星の内部では、重力が星を潰そうとし、核融合による放射圧が外へ押し返している。両者の釣り合いが静水圧平衡である。重力が勝てば星は潰れ、放射圧が勝てば外層は吹き飛ぶ。長く輝く星とは、この釣り合いを HZ 内に保ちつづけている星である。この釣り合いは一点ではない。水素の燃焼からヘリウムの燃焼へ、恒星は燃料に応じて異なる準平衡のあいだを移りながら、そのつど釣り合いを立て直していく。

生命でも同じ構造が見える。細胞は外から栄養を取り込み、内部で代謝を回し、廃熱と老廃物を排出する。流入が止まれば内部の濃度勾配は崩壊し、代謝は止まる。逆に流出経路が塞がれば、廃熱が蓄積し、酵素反応が破壊される。細胞が細胞として続くのは、流入と流出が HZ 内に維持されているあいだに限られる。

恒星にも、細胞にも、生態系にも、文明にも、HZ がある。階層が違えば、HZ の中身は質的に違う。だが、複数の動的安定状態が共存しうる帯域がそれぞれに存在し、その帯域の外では動いている系としての持続は維持できない、という構造は同じである。

HZ 内に留まりつづけることは、自動では保証されない。系は外乱を絶えず受ける。蓄積は変化し、流れは増減する。HZ の中で偶然に位置取りができたとしても、何もしなければ、いずれ HZ から外れる。何が HZ 内での動的な留まりを支えるのか。

§2-3 動的安定化の三条件——LEFFLA・HIAM・フィードバック時間

三つの滑落経路——散逸に一つ、硬直に二つ

問題は、HZ の外へ向かう滑落の経路が一つではない、という点にある。だが、経路が無数にあるわけでもない。

§2-2 で示したとおり、HZ から外れる方向は、Stock と Flux の収支という保存則から二つに定まる。HZ⇧(散逸方向:Flux 過剰)と HZ⇩(硬直方向:Stock 過剰)である。この二分は、系の側の選択には依らない。

一つ、位置づけを断っておく。Stock と Flux の比そのものは、これから見る三つの条件の一つではない。系が帯域のどこに居るかを測る、座標である。

これらの滑落を防ぐ三つの条件を、本書は番号順に呼ぶ。第一の条件(即時確定の回避=LEFFLA)・第二の条件(不要構造の選択的終結=HIAM)・第三の条件(適切なフィードバック時間)である。以下、散逸方向・硬直方向の各経路がどれに対応するかを見ていく。

散逸方向(HZ⇧)への滑落は、流れが構造に結びつかないまま抜けていく事態として現れる。これを防ぐのが、応答が対象の変化に間に合う時間整合——第三の条件である。

硬直方向(HZ⇩)は、二つの異なる起点から生じる。一つは、入ってきた流れが即座に一つの状態へ畳み込まれ、状態空間が単調に狭まっていく硬直。もう一つは、役目を終えた構造が場所を占め、新しい流れの通り道を塞いでいく硬直。前者を防ぐのが即時確定の回避——第一の条件、後者を防ぐのが不要構造の選択的終結——第二の条件である。

散逸方向に一つ、硬直方向に二つ——ここまでで、三つの滑落経路と、それぞれに対応する三つの条件が取り出される。ただし、硬直方向がちょうど二つの経路に尽きることを、本書は論証しない。二つは、状態空間の狭まり方——入口での畳み込みと、内部での構造累積——の別の起点として区別されるが、これが硬直の原因を汲み尽くすという保証は、本書の射程の外にある。

もう一つの経路——再生産の三契機から

同じ三条件は、まったく別の経路からも取り出される。動いている系の同一性は、相関構造の動的再生産にあった(§2-1)。この再生産が成り立つには、三つの契機が同時に要る——構造が崩れずに保たれること、新たな相関が編成されうる余地があること、変動に対して相関が時間内に整えられること。保たれなければ再生産する当のものが失われ、余地がなければ再編成が止まり、時間内に整わなければ変動が再生産を追い越す。ここまでは、滑落経路と独立に立つ。だが、それぞれの契機をどの機構が担うかは、契機の側からは一意に定まらない。新たな相関の余地は第一の条件(LEFFLA)が、時間内の整えは第三の条件(フィードバック時間)が支える。ここに揺れはない。揺れるのは保存である。流れと蓄えの均衡を法則が自動で保つ層では、保存は均衡そのものが担い、専用の機構を要さない。系が保存を能動的に担わなければならない層では、それを支えるのは不要化した構造を解く第二の条件(HIAM)である。場所を塞ぐ構造を解かないかぎり、保つことは硬直に転じるからである。

滑落経路の側からも、再生産の契機の側からも、要るものは三つ——この数え上げは一致する。割り当てが層に依ることの意味は、本節の終わりで戻る。以下、三つの条件を順に取り出す。

第一の条件——LEFFLA(即時確定の回避)

入力に対する応答が、即時に一つの確定した状態へ収束する系を想像してみよう。複数の状態をとりえた配置に何かが入ってくると、それを瞬時に一つの状態へ畳み込んでしまう系である。

過冷却の液体に微小な擾乱が入ると、瞬時に結晶化が始まる。結晶軸の方向や格子の構造は、その時に決まる。一度決まれば、固体になった部分は液体の状態空間を再び探索することはできない。別の温度域へ運び込むまで、固定したままである。

似た構造は他の階層でも見られる。化学反応における不可逆な分岐——複数の反応経路があった分岐点で一方が選ばれると、その分岐は閉じ、他の経路はもはやたどれない。生命の発生における分化——多能性を持っていた細胞が組織細胞として確定すると、他の分化経路はほぼ閉じる。階層によって、確定の早さや戻しにくさの度合いは違う。だが、入力を即座に一つの状態へ畳み込むことが、系の動的自由度を奪っていく、という構造は同じである。

この畳み込みが繰り返されると、何が起こるか。

可能性が並んでいた状態空間が、入力ごとに一点へ収束していく。新しい流れが入っても、すでに固定された配置で受け止められ、再編の余地は残らない。Flux は減衰し、構造は単一の配置へ捕捉される。系は HZ⇩ 方向——硬直方向——へ滑落する。

これを防ぐためには、何が要るか。入力を即時に確定へ送らない、という境界条件が要る。複数の状態が並んでいる配置を、一定時間「まだ畳み込まない」かたちで保持する余地が、系の側に確保されていなければならない。

本書はこの境界条件を、LEFFLA(Latent Evaluative-free Floating Locus of Abeyance:評価自由浮遊的懸架点) と呼ぶ。T空間の低精度保持域(「世界を切り取る幾何学」第1章 §1-3)に対応する構造を、いま動的境界条件として正式に取り出した形である。LEFFLA は、即時の確定から免れた未確定の余地を、系が時間の中で持ちつづけるための条件である。曖昧さを許容することそのものではなく、未確定の余地が一定時間機能しつづけるための、操作的な境界条件である。

第二の条件——HIAM(不要構造の選択的終結)

LEFFLA があり、入力が即時に確定へ送られない系を考える。だが、その系には別の硬直経路が待っている。

過去に立ち上がった構造が、不要化した後も残りつづける場合である。構造が形成されることそれ自体は、動いている系の働きである。問題は、形成された構造が、用途を終えた後にどうなるか、にある。

不可逆性の前提(§2-2)のもとでは、構造は自然には消えない。コップに広がった水滴がひとりでに戻らないのと同じように、いったん立ち上がった構造は、自分から崩壊することはない。崩壊させる別の操作が要る。

その操作がなければ、構造は累積する。

川は河口に砂を運び、運ばれた砂は堆積する。堆積は本来、川の働きの帰結である。だが、堆積が能動的に取り除かれなければ——洪水であれ、潮汐であれ——徐々に河口を埋め、流路を狭め、最終的に川そのものの動きを変えてしまう。

恒星の内部では、核融合の進行に伴って重い元素が中心部に蓄積する。生成された鉄は、それ以上の核融合に向かない。鉄の蓄積が一定量を超えると、放射圧による外層の支えが追いつかなくなり、星は構造そのものを維持できなくなる。

化学反応の容器では、目的とする反応の副生物が容器内に蓄積する。副生物が一定濃度を超えると、本来の反応経路は阻害される。生物の老化では、酸化ダメージを受けたタンパク質や機能を失ったオルガネラが、代謝過程で完全には除去されない。除去機構の能力を超えると、累積したダメージが代謝そのものを阻害する。

これら——河口の砂、星の鉄殻、容器の副生物、損傷タンパク質——には共通の構造がある。過去に立ち上がった構造の蓄積が、新しい流れの通り道を塞ぎ、系の自由度を枯渇させる。Stock は単調に増え、Flux の通る余地は減っていく。系は HZ⇩ 方向の硬直へ滑落する。

LEFFLA の欠落による硬直は、新しい入力が即時の確定で押し潰される硬直だった。構造累積による硬直は、古い構造が場所を占めて新しい入力の通り道を塞ぐ硬直である。経路は違うが、結末は同じ方向である。

これを防ぐためには、何が要るか。役目を終えた構造を、有限時間内に終結させる機構が要る。何を終結させるかの選別を伴う、能動的な終結機構である。

本書はこれを、HIAM(Homeostatic Informational Apoptosis and Mourning:情報的アポトーシスと喪) と呼ぶ。アポトーシスは生物学で細胞の能動的な自死を指す語、Mourning は喪を指す語である。いずれも、終結が無秩序な崩壊ではなく、選択的・段階的な過程であることを示す含意を持つ。本書ではこれを情報的・構造的なレベルにまで拡張して用いる。

第三の条件——適切なフィードバック時間

LEFFLA があり、入力が即時に確定へ送られない。HIAM もあり、不要化した構造は終結する。だが、それでも系は持続しない場合がある。

系の応答が、対象の変化の時間スケールと整合しない場合である。

ある変数の変動が、それを修正する別の経路を引き起こし、修正が時間遅延を経てもとの変数に戻ってくる。これはフィードバックの一般構造である。変動と修正がループの中で完結することで、系は外乱を吸収し、HZ 内に留まることができる。

このループの時間が、対象となる変数の典型的な変化時間より長いとき、何が起こるか。

修正が返ってくる頃には、対象とする変数はすでに別の状態に動いている。返ってきた修正は、現在の状態に対しては的外れになる。系のエネルギーは、的外れな修正の繰り返しに費やされ、有効な調整に結びつかないまま外へ抜けていく。

振り子は重力と慣性のあいだのフィードバックで動く。制振機構が振動の周期に対して遅すぎれば、振動は減衰せず、外部から加えられたエネルギーは振幅の増大として散逸する。

河川の流路調整は、侵食と堆積のフィードバックによって行われる。だが、地殻変動が川自身の調整時間より速く起きたとき、川は地形変化に追いつかず、流路を定められないまま暴れ、土砂を散逸させる。

恒星の核融合と外層の収縮のフィードバックは、両者の時間スケールが整合しているあいだ、星を HZ 内に保つ。整合が破れたとき——超新星爆発の最終局面のように——外層は方向を失い、エネルギーは大規模な散逸として放出される。

これらの場合、Flux は途絶えていない。むしろ過剰に投入されている。だが、フィードバックの遅延によって有効な構造形成に結びつかないまま、系外へ抜けていく。これは HZ⇧ 方向——散逸方向——への滑落である。

これを防ぐためには、何が要るか。応答が対象の変化時間内に返るという、時間スケールの整合が要る。本書はこれを適切なフィードバック時間と呼ぶ。フィードバック時間そのものを系がつねに制御できるとは限らない。だが、フィードバック時間が対象の典型変化時間を超えるとき、修正は空転する。この時間整合の条件は、独立に成立しなければならない。

一つ、補っておく。フィードバック時間には、対象の変化時間より短くなければならないという上の制約だけでなく、消すことのできない下限もある。帰結が系に返るには有限の時間がかかり、情報や因果の伝わる速度に上限がある以上、いま系に届いている帰結はつねに過去に発したものの一部である。まだ届いていない帰結が、飛行の途上にある。応答の遅延をゼロにすることは、原理的にできない。したがって、遅延を消して即時に確定しようとする構えは、まだ届いていない帰結まで含めた全体をいま手にしているという、達成不能な視座を系に要求することになる。さきに置いた LEFFLA が、まだ評価の定まらないものを抱えておく余地であったことを思えば——それは、この消せない遅延を吸収する余地でもある。

もう一つ、この条件が担っているものがある。帰結が時間内に返ることは、散逸を防ぐだけではない——他の二つの条件が選別として働くための情報を、供給してもいる。何を未確定のまま抱えておくべきで、何を確定してよいか。どの構造が不要化していて、どれがまだ生きているか。これらの区別は、応答の帰結が系に返ってくることによってしか更新されない。帰結が返らないまま、あるいは対象が別の状態へ動いたあとで返るとき、系は保留すべきものと終結すべきものを分ける根拠を失い、過剰な保留と過剰な終結が混在しはじめる。第一と第二の条件は、この意味で、第三の条件が働いていることを作動の前提として含んでいる。

三条件は適正な帯である——欠けても過ぎても外れる

三条件はいずれも、欠けても過ぎても系を HZ から外す——適正な帯として働く。即時確定の回避が過ぎれば、確定すべき入力までが保留されつづけ、構造が定まらない。選択的終結が過ぎれば、まだ安定化を待つべき構造まで早期に断たれる。時間整合が速すぎれば、過補正が振動を生む。第一の条件が「未確定の余地」、第二が「終結」、第三が「時間の合致」として、いずれも中間の帯にあるとき、系は HZ に留まる。ここまで各条件を「欠けたとき何が起こるか」で導いてきたが、それは帯の下側の縁であって、上側の縁もまた滑落へ通じている。なお、適正な範囲にある終結は、滑落を防ぐだけのものではない。解かれた場所が次の編成の余地となるという意味で、終結は再編の前提でもある。

互いの機能を肩代わりできない

LEFFLA が欠落すると、即時確定によって状態空間が単調に狭まり、HZ⇩ 方向の硬直が生じる。HIAM が欠落すると、構造累積によって自由度が枯渇し、これも HZ⇩ 方向の硬直が生じる。フィードバック時間が対象の時間スケールと整合しないと、応答の空転によって Flux が散逸し、HZ⇧ 方向への滑落が生じる。

それぞれの条件が、それぞれ独立な滑落経路に対応している。これら三つの条件は、互いに代替できない。

ランダムな揺らぎが、LEFFLA を代替するように見えるかもしれない。だが、ランダムな揺らぎは、どの状態を未確定のまま保持するかを区別しない。ノイズの流入は、可能性空間を保持するのではなく、無方向に拡散させるだけで、構造をともなった再編可能性を残すことはできない。

自然な減衰が、HIAM を代替するように見えるかもしれない。だが、自然減衰は、どの構造を先に解くかを区別しない。時間の経過に任せた減衰は、不要化した構造と必要な構造を分けることなく、両者を一様に劣化させる。

複製と選別——不要な構造を持つ個体を淘汰し、持たない個体を残す——も、HIAM を代替するように見えるかもしれない。だが淘汰は、個体の全体を単位とする選別であって、一つの系の内部で、どの構造を残しどれを解くかを分けるものではない。系内部の選択的終結と、系そのものの選別とは、別の水準の操作である。急速な成長による希釈——古い構造を、新しい構造の増設で相対的に薄める——も、HIAM を代替しない。希釈は構造を解いていない。累積そのものは残り、成長が止まればふたたび場所を塞ぐ。

高度な予測機構が、フィードバック時間を代替するように見えるかもしれない。だが、予測は、応答が実際に返ってくることそのものではない。どれほど精緻な予測も、帰結が系に到達して系の状態を更新しないかぎり、空転する応答は空転したままである。むしろ、予測の精緻化は、帰結の不在を見えにくくするリスクをともなう。

三つの条件は、それぞれが特定の滑落経路に対応し、互いの機能を肩代わりすることはできない。

ただし、肩代わりできないことは、三つが同格に並ぶことを意味しない。いま見たとおり、第三の条件は、第一と第二が選別として働くための前提でもある——三条件のあいだには、作動の順序がある。だが、前提であることは、代替できることではない。帰結が時間内に返っていても、未確定を抱える余地がなければ入力は即時に確定へ送られるし、終結の機構がなければ不要化した構造は累積していく。順序があることと、置き換えられることとは、別である。非冗長性は、三つが対等であることにではなく、それぞれが特定の滑落経路を単独で塞いでいることに立っている。

どの水準で働くか——法則が担う層と、系が担う層

一つ、条件がどの水準で働くかを断っておく。これらは、系が能動的に果たすべき作業とは限らない。物理の基底に近い層では、三条件は法則の側で自動的に満たされる。対称性の破れが未確定の余地を、核融合の進行が過剰物質の消費を、光速と距離が応答の時間を、系が何もせずとも与える。そうした系では、三条件は「満たされている」のであって「担われている」のではない。三条件が能動的な作業として問われるのは、法則が自動では与えない層——生命が代謝コストとして、文明が制度として担う層——である(層ごとの担われ方の違いは §2-6 で扱う)。対流や渦のような純粋な流れの構造が、未確定の余地や選択的終結を能動的に持たぬまま流れつづけるのは、それらの条件が法則の側で処理されているからである。三条件の反例ではない。

二つの経路が一致するところ——要るものは三つ、担い手は層による

これら三つは、互いに肩代わりできない——非冗長である。そして二つの経路は、要るものが三つであることについては一致した。一致しなかったのは割り当てである——どの契機をどの機構が担うかは、層によって異なって返ってきた。これは導出のほころびではなく、直前に見た区別——法則が担う層と、系が担う層——が、割り当ての水準に現れたものである。本書はこの一致と食い違いの双方を根拠として、三条件を HZ 内維持の条件集合として据える。ただし、これが可能なすべての条件を汲み尽くしていること——完全であること——は、本書の射程では証明しない。第四の条件がありうるなら、それはおそらく三条件のいずれかの細分化か、その複合的な実装として現れるだろう。だが、これを閉じた形で示すことは、構造記述の限界の外にある。三条件は、二つの経路の一致する範囲に支えられた構成として据えられ、その完全性は開かれた問いとして残す。

三つが揃ったとき、系はようやく、HZ 内に動的に留まる素地を持つ。

三つの条件を並べて見ると、抗いの向きが二重であることも見えてくる。散逸(HZ⇧)は、系の外なる流れと時間の矢が系を解こうとする向きに働く。硬直(HZ⇩)は、外から来るのではない——即時確定も構造累積も、系自身の作動が内側から生む傾向である。動いている系は、外からの圧力と、自分自身の傾向という、二つの向きに同時に抗いながら、HZ 内に留まっている。

§2-4 動的視界の中での圧縮——内と外を切り分ける構造

「外」を持たない系——二つの極限的な孤立

「開放系」(§2-2)には、一つの暗黙の前提があった。「外」があるという前提である。Flux が流れ込むためには、流れ込む先と元になる場所が要る。流れ出るためには、流れ出す行き先が要る。系の中と外が区別できなければ、Flux も Stock も意味を持たない。

「外」を持たない系は、存在しうるのだろうか。

字義通りに考えれば、孤立系——周囲から完全に切り離された系——がそれにあたる。ただし、現実の物理的世界に、この意味での厳密な孤立系はほとんどない。実験室で短時間だけ近似的に成立することはあっても、宇宙の中の何ものも、無限に長くは外部と切れていない。

しかし、もう一つの意味での「孤立系」がある。宇宙そのものである。全体としての宇宙には、それを取り囲む何かがない。外がない。部分が分けられていない。それ自体としては、誰とも交換していない、誰とも比較されていない、まるごとの全体である。これも一種の孤立——外を持たないという意味での孤立——である。

二つの「孤立」は対をなす。一つは小さすぎて外が見えないほどに切り離された系、もう一つは大きすぎて外が原理的に存在しない系。前者は実質的にゼロに近づき、後者は実質的に全体に近づく。

動いている系は、この二つの極のあいだにしか立ち上がらない。 外があり、内がある。両者のあいだに境界がある。境界の内側で蓄積が起こり、外側とのあいだに流れが行き来する。境界が引けなければ、Stock も Flux も意味を失う。系という単位そのものが、消える。

圧縮——境界を引く操作

ここから一つの帰結が出る。境界がどこに引かれるかは、対象の側からではなく、それを一つの系として扱う側で決まっている。

宇宙はそれ自体としては、ここからここまでが太陽系、ここからここまでが地球、ここからここまでが東京、と分節されているわけではない。物質は連続的に分布し、エネルギーは滑らかに勾配を作り、相互作用は階層をまたいで連なっている。それを「太陽系」「地球」「東京」と区切ることは、それを一つの系として扱う側の操作である。

ただし「扱う側」は、知性とは限らない。その層で分節を現に立てている当のもの——それが扱う側である。重力もまた、扱う側でありうる。

内と外を区別するこの構造、およびそれを立ち上げる操作を、本書はあわせて圧縮と呼ぶ。圧縮は、連続的な世界のうち、ある差異を「内」と「外」を分ける根拠として採用し、それ以外の差異を分節の根拠としては採用しない——という構造である。

選別と縮約——圧縮の二側面

圧縮には、二つの異なる側面がある。

一つは選別である。世界に並んだ無数の差異のうち、どれを「これは別ものだ」と分ける根拠に選ぶか。太陽系が一つのまとまりとして立つとき、根拠は重力相互作用の強さである。選んでいるのは重力の法則であって、観察者ではない。細胞が細胞として立つとき、根拠は脂質二重膜による物質の出入りの遮蔽である——選んでいるのは膜と代謝の機構である。文明を文明として切り取るとき、根拠は言語と制度の共有である——ここで初めて、切り取る側に表象する知性が立つ。何を基準にするかが、選別である。

もう一つは縮約である。選別によって採用された差異を、少数の変数で表現する。太陽系内部の膨大な情報を、惑星の軌道要素という有限の量に集約する。細胞内の数億のタンパク質を、代謝経路のいくつかの主要分子に集約する。一国の経済活動を、GDP という単一の指標に集約する。どこまで縮めるかが、縮約である。

選別と縮約をあわせて、本書は圧縮と呼ぶ。これは比喩ではなく、世界を一つの系として扱うために避けられない構造的操作である。

この操作を現に行っている当のものを、本書は選別構造と呼ぶ。その層で、どの差異を分節の根拠として採用し、どれを採用しないかを規定している構造である。名は選別の側から取るが、縮約まで含めた圧縮の担い手を指す。いま見たとおり、担い手は層ごとに異なる——法則であることも、機構であることも、知性であることもある。だが「一つの系として扱う側」という位置は、どの層でも同じである。

この選別と縮約は、射影(「世界を切り取る幾何学」第1章)——現実を有限の軸へ写しとり、その軸の上に勾配を生成する操作——を、動いている系の側から言い直したものである。精密に言えば、圧縮が一般であり、射影はその特殊形である。第1章が射影と呼んだのは、選別構造の担い手が知的主体である場合の、この操作の名である。第1章が知性の側から入ったのは、読者自身が、現にその担い手だからである。

圧縮の不可避性——写しとり・流れの受け・相関の保持

なぜ避けられないのか。系が動いている系であるためには、世界を写しとり、流れを受け、相関を保たなければならない。この三つの場面のそれぞれで、圧縮は強いられる。

第一に、処理能力の有限性。系がどんなに大きくても、その内部状態を完全に保持しつづけるには、内部状態と同じ大きさの蓄積容量が要る。同じ大きさの容器に同じ大きさのものは入らない。地図が現実と一対一の縮尺を持てば、それは地図ではなく現実そのものになる。系として機能するためには、現実の差異の一部を捨てて、扱える量まで圧縮しなければならない。

第二に、開放系の Flux と Stock の比。§2-2 で見たとおり、動いている系は流れと蓄積の両方を保つ。すべての流れを蓄積する系はないし、すべてを流してしまう系もない。何を蓄え何を通すかの選別は、系として作動するためには絶えず行われる必要がある。

第三に、相関構造の保持。動いている系の同一性は、相関の動的再生産にあった(§2-1)。相関を再生産するためには、何と何が関係するかを系の側が把握していなければならない。すべての差異を一様に追跡することはできない。一部の差異を「関係するもの」として浮かび上がらせ、残りを背景に沈める操作が要る。

三つの場面は、どの一つを取っても、圧縮なしには動いている系が成立しないことを示す。三つを貫いているのは、別々の三つの原理ではない。有限の系が、自らを超える世界のなかで動きつづける。この一つの事態が、写しとりでは容量の限界として、流れの受けでは蓄えと通しの両立の要請(§2-2)として、相関の保持では追跡の限界として、それぞれの場面に現れる。だから、どの場面から見ても、結論は同じところに落ちる——圧縮なしに、動いている系は成立しない。

有効勾配の増大——圧縮は捨てる操作ではない

圧縮には、もう一つ重要な性質がある。圧縮は単に捨てる操作ではない。

圧縮された有効変数は、捨てられた差異のぶんだけ、扱う側の処理能力に余裕を作る。同じ Flux 供給のもとで、より少ない変数で、より多くの仕事をすることが可能になる。料理のレシピは、食材の分子レベルの化学反応の全情報を「中火で5分」という少数の変数に圧縮している。この圧縮があるから、化学を知らなくても料理が作れる。同じ食材と熱エネルギーから、レシピなしでは到達しにくい特定の調理結果を、高い再現性で実現できる。レンズは、無数の方向から来る光のうち、一点に収束する経路だけを取り出す。集中させた光は、放散したままの光よりも遥かに強い熱を生じさせる。

本書はこの効果を有効勾配の増大と呼ぶ。圧縮によって自由度が絞られると、残された自由度の上で、勾配がより急峻に立ち上がる。同じ流れから、より方向づけられた仕事が引き出せるようになる。

この構造は、動いている系のあらゆる階層で観察される。量子場の自発的対称性の破れは、真空の構造を選択することで、その上で素粒子の質量と結合定数を確定し、物質の多様性を可能にする。膜境界と代謝閉鎖は、化学物質の出入りを選別することで、自己複製と修復という方向づけられた仕事を可能にする。食物網の階層化は、太陽エネルギーを一次生産者から消費者へと多段階で再利用することで、同じ入力から生み出される生物量と多様性を増大させる。広域的な神経統合は、分散した感覚入力を統合された知覚として利用可能にする。文明の分業は、同じ人的資源から、個では到達できない大規模な協調を可能にする。

階層が違えば、圧縮の中身は質的に違う。物理の対称性の破れと、文明の分業は、同じ「圧縮」ではない。だが、自由度を絞ることで残された自由度の効率を上げるという構造は、階層を貫いて同型に現れる。

一つ確認しておく。圧縮は、系が選び取った操作ではない。系であることの条件である。 境界を引かなければ、内と外は区別できない。区別できなければ、流れも蓄積も意味を失う。意味を失えば、系は系として立ち上がらない。動いている系は、瞬間ごとに自分の境界を引き直しながら動いている。

切り取りが世界を数えられるものにする

圧縮のこの正の面は、仕事の効率にとどまらない。もう一段基底的な贈与がある——圧縮は、世界を数えられるものにする。

夜空を見上げる。無数の光点がひろがっている。この光点たちは、じつはすでに数えられる状態にある。星間ガスは連続的にひろがる雲だった。重力がそれを圧縮し、離散的なまとまり——恒星——として立ち上げたとき、そこに「一つ、また一つ」と数えうる単位が生まれた。誰も数えていなくても、銀河の恒星は数えられる状態にある。数える知性の存在に先立って、圧縮が離散性を立てている。

その光点たちを、いくつか選び、線で結び、一つの形として切り取るとき——「一つの星座」が立つ。カシオペヤは、世界の側に書き込まれてはいない。これは文明レイヤーの圧縮であり、ここで境界を引くのは表象する知性である。だが、恒星を立てた重力と、星座を切り取る知性は、同じ構造の操作をしている——連続から離散を切り出し、単位を立てている。どちらも、それぞれの層の選別構造として働いている。いったん切り取られれば、星座もまた数えられ、名指され、語り継がれ、航海の道具にさえなる。

ここで言う「数えられる」は、数字や単位系といった表象の水準の話ではない。離散的なまとまりが形成されている——数える者がいなくても、原理的には数えられる状態にある——ということである。摩擦のない世界では区別された個物そのものが立ち上がらない、と §2-2 で述べた。個物が立ち上がるとは、数えられる状態が生まれるということにほかならない。選別と縮約は、この意味で、単位を立てる操作である。連続的にひろがる世界のうち、ある差異を根拠に「一つ」が切り出されることで、世界は初めて、数えられるものとして——そして階層が上がれば、識別できるもの・意味を担うものとして——現れる。差異が鋭くなり、識別が可能になり、意味が立つ。動いている系が世界の中で何かを「何かとして」扱えていること自体が、圧縮の所産である。

熱力学の側から言い直せば、こうなる。第二法則の下で無秩序へ向かう宇宙のなかに、圧縮は局所の秩序の島を立ち上げる(§2-2)。系が持っているものはすべて——単位も、識別も、予測も、方向づけられた仕事も——この島の内側で立っている。圧縮の代償は本書の主題の一つだが(第3章)、代償を数える前に、圧縮が何を与えているかを確認しておきたい。圧縮は、制約である前に、系が世界を持つことの構造そのものである。

仕事——勾配から取り出しうる方向づけられた変換

有効勾配の増大は、同じ流れから、より方向づけられた仕事が引き出せることを意味した。この「仕事」を、以下くりかえし用いるため、操作的に定めておく。本書は、勾配から取り出しうる方向づけられた変換量を仕事(work)と呼ぶ。

ここで二つの事柄を区別しておく。§2-2 で見たように、流れ込む側は局所の秩序を組み上げる。局所秩序が組み上がること(蓄積される側=Stock の秩序)と、勾配から方向づけられた変換が取り出されること(仕事)は、別の事柄である。前者は系が自らを保つことであり、仕事と呼ぶのは後者——勾配を通る流れから取り出される変換量の側である。

向きを与えるのは、流れの側ではない。流れに向きを与えるのは、勾配——すなわち、それを立てる選別構造の側である。仕事は、この選別構造の介在を経て初めて取り出しうる。流れそのものは、選別構造が向きを与えるまでは、ただ拡散する量にとどまる。

引き出せる仕事の量は、有効勾配の急峻さと、その上を流れる Flux の流量という二つの量で決まる。勾配が急峻になるほど、また流量が大きいほど、取り出せる仕事は大きくなる。逆に、勾配が立たなければ、あるいは流れがなければ、他方がどれだけ大きくとも仕事は取り出せない。本書は、この二つの振る舞い——おのおのについて単調に増え、いずれか一方が消えれば仕事も消える——を捉える形として、仕事の量を両者の積とおく。これは量どうしの関係の形であって、具体的な値を与える量的法則ではない。形から読めることを読み、それ以上は読まない——これは、本書が構造記述のために関数形を用いるときの一貫した構えである。

ここまでで、仕事とは何か、そこから何がどれだけ引き出せるかを定めた。次に、その仕事の種類を分ける。

立てる仕事と保つ仕事

本書で定義するこの仕事には、二つがある。一つは、選別構造を新たに立ち上げる作動である。これまで勾配のなかった自由度のうえに境界を引き、勾配を立てる——より深い圧縮を立ち上げる、この側の作動。状態 A から状態 B へ系を運ぶ、一回的な変位である。もう一つは、すでに立てた選別構造を保ちつづける作動である。§2-1 で見たとおり、動いている系の同一性は保存ではなく再生産であり、構造は時間とともに散逸する。立てた勾配は、放置すれば均される。それを散逸に抗して保ちつづけ、同じ圧縮を時間のなかで動的に再生産する、この側の作動。本書はこの二つを、それぞれ立てる仕事と保つ仕事と呼ぶ。

保つ仕事には、もう一つの区別を入れておく。立てた選別構造を保つとは、その内部を散逸に抗して再生産することであると同時に、その構造が現に Flux と接触しつづけていること——再接地——を能動的に保つことでもある。前者が払われても、後者は抜けうる。本書は、選別構造が自らの Flux との生きた接触を保ちつづけるために払う保つ仕事の成分を接地コスト(grounding cost)と呼ぶ。各レイヤーで接地コストは固有の実体をとる。

文明レイヤーでは、立てる仕事と保つ仕事はそれぞれ固有のコストとして払われる。とりわけ、保つ仕事の再生産が実際に払われつづけるかどうかはレイヤーによって異なり、文明レイヤーでこの問いがどう変質するかは「文明の出力の幾何」(第17章)で扱う。

§2-5 揺らがされながら動く——多体系のなかの動いている系

「外」には他の動いている系がある

開放系(§2-2)には、「外」があった(§2-4)。Flux が流れ込み、流れ出すための場所である。この「外」には何があるのか。

自系のことだけを考えれば、Flux の供給源と排出先が存在しさえすればよい。だが、実際の宇宙のなかで、何かの開放系の「外」を見渡したとき、そこにあるのは静的な貯水池や真空ではない。たいていの場合、そこにあるのは別の動いている系である。

恒星にとっての「外」は、星間ガス雲と他の恒星と銀河中心と——いずれも、それ自体が動いている系である。細胞にとっての「外」は、他の細胞と細胞間質。動物にとっての「外」は、他の動物と植物と環境。文明にとっての「外」は、他の文明と自然環境。

開放系どうしの Flux 交換は、しばしば動いている系どうしの相互作用である。

完全な孤立は HZ 内維持の解ではない

完全に他系との接触を断った系を仮想してみる。Flux の流入は止まる。新しい入力がない以上、Stock は使い尽くされるか、固定したまま動かなくなる。前者は HZ⇧ 方向への散逸、後者は HZ⇩ 方向への硬直。いずれにせよ、HZ 内に留まることはできない。

孤立は、HZ 内維持の解ではない。動いている系であることは、他系との接触のなかで動いていることを意味する。

接触の階層横断的事例

接触のあり方は階層によって異なるが、いずれも動いている系どうしの Flux 交換として現れる。

恒星では、多くの星が連星や多重星の系を成しており、近接連星では恒常的に質量と熱の交換が起こる。稀には合体に至り、二つの星が一つの新しい星として再編される。銀河は、より大きなスケールで衝突と合体を繰り返している。恒星の内部でも同型の構造がある。核反応の過程で放出された自由中性子や他の粒子が別の原子核に流入し、捕獲とそれに続く崩壊を経て、原子核の質量数や元素の種類が時間とともに組み替えられていく。星の元素組成という相関構造は、内部の動いている系どうしの相互作用によって絶えず再編されている。

化学では、分子は他の分子と衝突し、エネルギーを交換し、反応を起こす。反応は、ある分子の構造を別の構造へ組み替える操作である。同じ元素の異なる同位体が分子間や相のあいだを行き来する場面では、個別の反応や移動は一対一でも、集団レベルでは同位体組成が時間とともに再分配されていく。

細胞は、他の細胞と接触し、シグナルを交換し、ときには融合する。生命史の早い段階で起きた細胞内共生——ミトコンドリアや葉緑体の取り込み——は、二つの動いている系が一つに再編された事例である。

生態系では、種と種が捕食・競争・共生のなかで関係を結ぶ。各種の Stock と Flux は、他種との関係のなかで規定される。

意識では、他の意識との対話・教育・観察を通じて、認知の枠組みと価値の勾配が組み替えられる。

文明では、交易・征服・文化接触・移民を通じて、文明と文明が Flux を交換する。物資・人・観念が境界を越えて流入し、各文明の Stock を組み替えていく。

階層が違えば、交換される Flux の中身は質的に異なる。だが、動いている系どうしが Flux を交換することで互いの状態に影響を与えあう、という構造は階層を貫いて同型である。

系の Flux は外から来る

流れの側だけを見ているかぎり、Flux の供給源は問えない。「いま単位時間あたりに通過している量」という規定は、その量がどこから来るかを語らないからである。系が単独ではなく、他の動いている系に囲まれていることに目を向ければ、その出自が見えてくる。

一つの系にとっての Flux は、宇宙のどこかに用意された無主の供給源から湧くのではない。それは、自系の外で動くものが、自らの外へ残し、あるいは送り出したものである。どの系も、世界を内と外に切り分けて作動するとき(§2-4)、その作動の帰結は境界の外へ出ていく——出力として、あるいは排出物として。送り出す側から見れば外へ出したものが、それを素材としうる別の系から見れば、汲みうる Flux になる。

恒星では、その出力——電磁放射や、星間空間へ放たれる質量——は、恒星自身の構造から見れば系外への排出である。核融合で合成された重い元素は、恒星内部の Stock として蓄えられる。だが、その放射と元素は、より大きなスケールの星間ガス雲から見れば、次の世代の星を組み上げるための Flux 供給源にほかならない。一つの系の出力や Stock が、別の系——とりわけその上に創発する上位レイヤーの系——にとっての Flux になる。

階層をまたいで言い直せば、一つの系の Flux とは、別の系の作動が外へ残し、あるいは送り出したものである。生命にとっての Flux——太陽光、水、養分、他の生物——は、物理・化学・生態系の各系がそれぞれの作動の果てに外へ出したものである。文明にとっての Flux——資源、エネルギー、他の文明が遺したもの——もまた、別の系の作動の所産である。階層が違えば中身は質的に異なるが、構造的な位置は同じである——自系の外側にあって、自系にとって素材として作動するもの。

各系が選別構造で世界を切り取ることそのものが、その外側に Flux を立ち上げている。系が世界を分節しなければ、内も外もなく、汲みうる Flux もない。

この出自を下へ辿ると、最基底では「一つ前」はもはや動いている系ではなく、系に先立つ勾配——時間の矢——そのものに行き着く。一つの系の Flux がどこから来るかと、勾配そのものがどこから来るか(時間の矢)は、別の問いであり、ここで交わる。

外へ出すものは一様ではない——出力と蓄積

一つの系が外へ出すものは、しかし一様ではない。その系がいまも作動して送り出しつづけているものと、作動の果てに後に残し蓄積したものとでは、それを汲む側にとっての意味が違う。前者は汲んでも、その系が作動を続けるかぎり補充される。後者は汲めば減り、戻らない。

動いている系は、他の系から Flux を汲んで動いている。その供給が断たれて系が孤立すれば、Stock を使い尽くすか固定して HZ を外れる。だが系は、流入が止まったその瞬間に止まるわけではない。動いている系は、汲んだものをそのまま出力へ変えるのではなく、内部の多段の連鎖を通しているからである。連鎖に溜まった中間生成物が内部の蓄えとなり、しばらくのあいだ系を持ちこたえさせる。孤立とは、多体系のなかで動いていた系が陥る、一時的な状態にすぎない。

接触は相関構造を揺るがす

圧縮が強いられる三つの場面(§2-4)の一つに、相関構造の保持があった。何と何が関係するかを系の側が把握し、一部の差異を「関係するもの」として浮かび上がらせ、残りを背景に沈める操作である。動いている系の同一性は、この相関構造が時間を越えて再生産されることに支えられていた(§2-1)。

多体系の文脈では、ここに一つの観察が加わる。他系との接触は、相関構造そのものを揺るがす力として作用する。

他系から流入してきた Flux は、自系の Stock の組成を変える。Stock の組成変化は、何を「関係するもの」として浮かび上がらせ、何を背景に沈めるかという選別の有効性を、組み替えうる。これまで前景にあった差異が背景に沈み、これまで背景にあった差異が前景化する。相関構造の輪郭そのものが、接触によって動かされる。

持続と相関構造の揺らぎ——構造的緊張

ここで、動いている系をめぐる一つの構造的緊張が立ち上がる。

動いている系の同一性は、相関構造の動的再生産にある(§2-1)。開放系として動いている系であるかぎり、他系との接触は不可避である(本節前段)。しかし他系との接触は、その相関構造そのものを揺るがす。連星系の恒星で言えば、お互いの軌道が影響を受けながら変わっていく。深く接触すれば、より強く揺らがされる。恒星同士が衝突・合体して一つの星に組み替わったとき、それは同じ星なのか。

すなわち、系として持続するための条件——他系との接触——そのものが、系の同一性——相関構造の保持——を脅かす。

この緊張から逃れる道はない。接触を断てば硬直死、接触を受け入れれば相関構造が揺らがされる。動いている系は、この緊張のなかで自系を立ち上げ直しつづけている。

摩擦(§2-2)は、ここで多体系における正面の姿を見せる。他の動いている系との接続を保ちながら自系の相関構造を再生産しようとするとき、境界の不整合から生じる不可逆な揺らぎが、摩擦として系に絶えず作用する。一系の熱力学的コストとしての摩擦と、多体系における相関構造の揺らぎとしての摩擦——本書はこの二つを、同じ事態の二つの相として扱う。

ここで、「構造は同じ」と繰り返し述べてきたことの意味を、一度明確にしておきたい。同じだと言っているのは、実装ではなく、要請の形である。恒星の質量交換と文明の交易は、担い手も速度も可逆性もまるで違う。同型だと言えるのは、どちらも「動いている系は、持続のために他系と接続せねばならず、その接続が自系の相関構造を変える」という同一の制約に服しているからである。この制約は、Flux と Stock と相関構造という、階層に依らない語だけで書ける。実装の質的な差は、この制約がどう満たされるかを変えるが、制約そのものを消しはしない。本書が階層を貫いて「同型」と呼ぶのは、つねにこの水準——実装ではなく、満たすべき制約の形——においてである。

§2-6 階層を貫いたときに見えてくるもの

圧縮の薄さと厚さ——階層による違い

圧縮(§2-4)は、階層によって厚さが異なる。何を内と外を分ける根拠として採用するか——その採用する次元の数と粒度が、階層ごとに違う。

宇宙の大規模構造は、質量と重力の偏りだけで切り分けられている。物質がどこに集まり、どこが疎であるか——この少数の次元による区別が、銀河フィラメントとボイドのネットワークを描く。それ以外の差異——電磁的性質、化学組成、ある銀河が活動的かどうか、ある原子の電子配置——は、大規模構造の動態にとっては微細構造として平均化され、見えない。

銀河団になると、重力に加えて高温ガスの力学、ダークマターと通常物質の分離、温度勾配が効いてくる。区別の次元が一つ増える。銀河の内部では、恒星の軌道力学、星間物質の冷却、超新星のフィードバックが効く。さらに次元が増える。恒星系では、化学組成、輻射、流体力学が加わる。惑星表層で生命が立ち上がるとき、化学反応経路、代謝閉鎖、自己複製の機構が加わる。意識が立ち上がるとき、神経系の同期統合、表象、自己参照が加わる。文明が立ち上がるとき、言語、貨幣、法、制度、技術が加わる。

階層を上るにつれて、内と外を分ける次元は厚くなり、粒度は細かくなる。逆方向に階層を下るにつれて、次元は薄くなり、粒度は粗くなる。

ここで一つ注意しておきたい。「薄い」「厚い」は、選別構造そのものの強さや絶対性とは別の軸である。大規模構造の選別は次元としては薄いが、重力法則として絶対的に固定されており、系の側で変更することはできない。文明の選別は次元としては厚いが、制度として可変である。薄いことは弱いことを意味しない。

入れ子構造——一方向の積み重なり

いま見た薄さ厚さの階層は、ただ厚さの違う層が並んでいるのではない。後の層は、前の層の上に乗って初めて立ち上がる。 各レイヤーは、下位レイヤーの作動の出力を素材(Flux、§2-5)として受け取り、その上に自らの選別構造を立てる。化学は物理の上に、生命は化学の上に、生態系は生命の上に、知性は生態系の上に、文明は知性の上に創発する。この積み重なりには消せない向きがある——創発は下から上へ積み上がり、上位は下位の境界条件のなかでのみ作動する。本書はこの一方向の積み重なりを、入れ子構造と呼ぶ。

この入れ子は、レイヤーの境界だけに現れるのではない。一つのレイヤーの内側でも、選別構造は段を重ねる。各段が前段の残余を素材(Flux)として、その上にさらに急峻な有効勾配を立てる。食物網の栄養段、文明の多段の技術体系は、いずれもこうした段の連なりである。本書はこの、前段の残余のうえに次段の圧縮が積み上がる連鎖を多段の縮約と呼ぶ。さきに見た入れ子構造は、この連鎖がレイヤーの境界をまたぐときの現れにあたる。段と段をつなぐ様式——法則か、淘汰圧が強いる物質の消費か、表象による信頼か——はレイヤーで異なるが、前段の残余のうえに次段が立つという構造は、階層を貫いて同型である。

薄い選別ほど大きく長命——構造的観察

ここから一つの構造的観察が立ち上がる。

薄い選別ほど系は大きく、長命であり、厚い選別ほど系は小さく、短命である——階層を見渡したとき、この傾向が観察される。

宇宙の大規模構造は、薄い選別のもとで、大きく、長く存続する。光が宇宙の端から端まで届くスケール、宇宙年齢に近い時間スケール——その規模の系が、わずか数次元の選別だけで成立している。一方で、現代の人間社会は、厚い選別のもとで、小さく、短命である。

なぜこの傾向が生じるのか。

一つの根拠は、帯域そのものの形にある。HZ は階層ごとに存在する(§2-2)。そして上位のレイヤーの HZ は、下位のレイヤーの HZ の内側に、その真部分集合として狭まっていく。生命が立つ帯域は、化学が立つ帯域の内側の、さらに限られた範囲である。文明が立つ帯域は、その内側で、いっそう狭い。上るほど、留まれる場所そのものが狭くなる。なお、これは先に入れ子構造と呼んだもの(命題 FLUX-4)とは別のことを言っている。あちらは創発が下から上へ積み上がる向きの話であり、いま述べたのは、帯域が上ほど狭いという広さの話である。留まれる場所が狭いことと、そこに留まるための要求が重いこと——以下に見るとおり、この二つは同じ事態の二つの面である。

三条件——LEFFLA・HIAM・フィードバック時間(§2-3)——を思い出してほしい。これらは、HZ 内に動的に留まりつづけるために要請される条件だった。系を維持するためには、これらが何らかのかたちで実装されていなければならない。

厚い選別ほど、保持しなければならない区別の数が多く、そのあいだの関係も複雑になる。多くの区別を保持するためには、より精緻な LEFFLA が、より頻繁な HIAM が、より精密なフィードバック時間の整合性が要請される。三条件を支える保つコスト要求は、選別が厚くなるにつれて急速に増大する。

ただし、これは傾向であって、例外のない法則ではない。厚い選別を保ちながら、長く続いてきた系もある。690年以来、二十年ごとの建て替えを続けてきた神宮(§2-1)はその一例である。数千年にわたって教義や法や文字の体系を継承してきた組織や文明も、同じ側に並ぶ。これらが示すのは、傾向の破れではない。厚い選別が保つコスト要求を高めることは、これらの系でも変わらない。変わるのは、その要求を支払いつづける仕組み——制度化された継承、記録、周期的な更新——を系の側が組織できているかどうかである。その成否が、同じ厚さの選別のあいだに、寿命の幅を生む。

保つコストの支払い様式——物理基底・実装層・文明

そして、階層が違えば、この保つコスト要求の支払い様式が、質的に違う。

物理基底のレイヤーでは、三条件は法則そのものに組み込まれている。恒星の静水圧平衡は、重力と放射の自然な釣り合いとして自動的に成立する。維持のための能動的な操作は不要である。LEFFLA に相当するものは、量子場の自発的対称性の破れによって生まれた未確定の余地として自然に現れる。HIAM に相当するものは、核融合の進行による過剰物質の自動的な消費として現れる。フィードバック時間は、物理的距離と光速によって自動的に決まる。これらは系の側で支払う必要のないコストである——法則の側で、すでに支払われている。

量子力学の内部には、観測前の実在性をめぐる複数の解釈がなお並立している。だが、それらの解釈論争は、いま物理基底のレイヤーと呼んだ層の内部でどの存在論が立つかをめぐる論争である。保つコスト要求が法則の側ですでに支払われているという物理基底レイヤーの構造的特性そのものは、いずれの解釈を採っても同型に成立する。下位レイヤーで未決の論点が上位レイヤーの選別構造の記述を汚染しない——この階層的独立性が、本書全体の議論を支えている。

実装層——生命と生態系——では、三条件は進化的に獲得された機構として系の内側に実装されている。細胞は能動的にアポトーシスを行う。生態系は競争と捕食を通じて構造を絶え間なく更新する。神経系はホメオスタシスのフィードバックループを持つ。維持には代謝コストが要る。代謝コストを支払えない個体や種は、自然選択によって淘汰される。三条件の維持は、生存と引き換えになされる。

文明のレイヤーでは、状況が一段変わる。三条件は制度として実装される。法・市場・教育・学知・記録の体系が、それぞれ何らかのかたちで保留・終結・帰結観察の機構を担う。だが、これらの制度的維持には、本来必要な保つコストが伴う。それも、進化的に獲得された機構と違って、淘汰圧によって自動的には強制されない。

支払い様式だけではない。そもそも系が帯域のどこに位置するか——何をどれだけ流し、何をどれだけ蓄えるか——の定まり方も、層で違う。物理基底では、Stock と Flux の比は法則が決める。恒星が水素をどの速さで燃やすかは、質量と物理定数が定めており、恒星の側に選択の余地はない。実装層では、代謝と淘汰が比の範囲を強制する——範囲を外れた個体は、選別の対象になって消える。文明のレイヤーでは、何をどれだけ流し、何をどれだけ蓄えるかが、制度設計・資源配分・技術選択の帰結として定まる。すなわち文明では、帯域のどこに位置するかそれ自体が、系の側の判断の産物である。座標(§2-3)の上の位置を、文明は自分で動かせる。

文明に固有の転嫁能力

ここに文明のレイヤーに固有の一つの性質が生じる。

文明は、表象能力を持つ。言語や記号を通じて、時間的・空間的に離れた事象を操作する能力である。ただし、この能力が与えるのは到達である——コストの置き先を、いま・ここの外へ届かせること。転嫁が成立するには、もう一つの条件が要る——移された先で、支払いを強制する仕組みが自動的には働かないことである。二つが揃うとき、本来必要な保つコストを、未来へ、下位レイヤーへ、あるいは系内の他者へ転嫁することが可能になる。短期的には三条件が満たされているように見えても、転嫁先でコストが滞留しつづける。

物理基底のレイヤーでは、この種の転嫁は構造的に成立しない——コストは法則の側ですでに支払われており、転嫁の余地がない。実装層でも、淘汰圧によって維持が自動的に強制されるため、転嫁を続ければ淘汰される。本書が扱う階層のなかで、コストを体系的に転嫁できるレイヤーは、文明だけである。

二つのスケール——宇宙論と文明史の同型

薄い選別ほど系は大きく長命だという観察(本節前段)は、一つのスケールの中だけのものではない。大きな括りの中に、より小さな括りが畳み込まれていくとき、外から内へ、同じ並びがそのつど立ち現れる。宇宙論的なスケールでも、文明史的なスケールでも、それは繰り返される。以下に辿るのは、いずれも一つの連なりを外から内へ見たときに現れる順序である。

大規模構造の中に銀河団があり、その中に銀河があり、その中に恒星系があり、その中に惑星があり、その中に生態系がある。外から内へ入るほど、選別は厚くなり、系は小さく短命になる。

そして、ホモ属の社会の中にホモ・サピエンスの社会があり、その中に文明と呼ばれるものがあり、その中に特定の文明系譜があり、その中に特定の時代の社会がある。ここでも、外から内へ入るほど、選別は厚く、系は小さく短命である。

二つのスケール——宇宙論的なものと文明史的なもの——は、同じ薄い・厚いの並びを、異なる大きさで実演している。ここで同型と呼ぶのは、重力が畳むのか制度が畳むのかという実装においてではなく、外から内へ進むほど選別が厚くなるという要請の形においてである(§2-5 末)。この並びから「内ほど短命」と言えるのは、一つの連なりの中で外と内を比べたときの順序としてであって、厚い選別の系がつねに短命だというのではない。厚い選別を保ちながら長く続く系がありうることは、さきに見たとおりである。

文明レイヤーの選別構造——観察できない輪郭

物理基底のレイヤーでは、選別は法則として固定されている。実装層では、選別は進化的に獲得された機構として系の内側に組み込まれている。これらの選別構造は、外から観察すれば、その輪郭がある程度明瞭である。重力法則、化学的親和性、代謝閉鎖、免疫系の自己/非自己区別——いずれも、何を内と外を分ける根拠として採用しているかが、特定できる。

文明のレイヤーで作動している選別構造は、何か。

ここでは、選別はもはや法則でも進化的機構でもない。それは可変であり、転嫁能力を持ち、そして外から観察してもその輪郭が明瞭ではない。

§2-7 問いとしての MANES——文明の選別構造の正体とは

「同じ文明」と粒度の選択

§2-1 で見たとおり、動いている系の同一性は、入れ替わらない実体ではなく、相関の構造が時間を越えて繰り返し立ち上がることに支えられていた。「同じ炎」「同じ星」「同じ細胞」「同じ神宮」——いずれの場合も、何をもって「同じ」と呼ぶかの根拠は、比較的安定していた。炎は燃焼の動態、星は静水圧平衡、細胞は代謝閉鎖、神宮は二十年ごとの遷宮——根拠の中身はそれぞれ違うが、それぞれの根拠そのものは、外側から観察すれば特定できる。

文明と呼ばれるものの場合、根拠そのものが揺れる。

「同じ文明」と呼ぶことは、どの粒度で同じだと言っているのか。一つの国民国家を一つの文明と呼ぶのか。ある言語圏全体を一つと呼ぶのか。地中海周辺の継承の系譜を一つと呼ぶのか。書かれたものを後世に残してきた集団としての人類全体を一つと呼ぶのか。あるいは、特定の時代に特定の制度を共有していた集団に限定して一つと呼ぶのか。

これは、どこに止めどころを置くかの選択である。具体と抽象の階層のどの段に切り出しを置くか——その判断が、文明レイヤーでは、法則によっても生物によっても決まっていない。切れ目は、対象の側からも決まらない。だから、置く側が選ぶことになる。誰がどこに止めどころを置いてもよい、というわけではない。が、置く側のあり方によって、止めどころは複数ありえ、揺れ、書き換わる。

テセウスの舟——同一性の止めどころ

古代の英雄テセウスの帰還を祝うため、乗ってきた舟がアテナイに残された。修理が繰り返され、朽ちた板が次々と新しい板に置き換えられていく。やがてすべての板が置き換わったとき、その舟は「テセウスの舟」と呼んでよいのか。あるいは、取り外された古い板を集めて再構成した別の舟こそ「テセウスの舟」なのか。古代から知られたこの問いは、何をもって「同じもの」と呼ぶかの止めどころが、対象の側からは決まらないことを鋭い形で示す。

ろうそくの炎、恒星、生命の身体、神宮——いずれも部品が入れ替わるなかで「同じ」と呼ばれてきた。その「同じ」の根拠は、相関の構造の動的再生産にあった。だがテセウスの舟は、その相関の構造そのものを問い直す。同じ形を保てば「同じ」か。同じ用途を保てば「同じ」か。同じ呼び名で呼ばれつづければ「同じ」か。どの根拠を採用するかが、止めどころの選択である。そして、その止めどころは、対象の側からは決まっていない。

他の動いている系との接触は、相関構造そのものを揺るがす力として作用する。テセウスの舟は単独で部品交換を繰り返したわけではない——修繕の手と材料と用途は、すべて他系から流入してきた。文明と「我ら」がテセウスの舟の問題に直面するのは、それが単独で動いている系ではなく、絶えず他系との接触のなかで相関構造を組み替えられているからである。

「同じ我ら」も揺れる

「同じ文明」が揺れるなら、「同じ我ら」も揺れる。ある人にとっての「我ら」は家族の範囲かもしれず、別の人にとっては国民の範囲かもしれず、また別の人にとっては全人類かもしれず、生態系全体かもしれない。粒度の選び方が、その人の「我ら」を決める。粒度は決まっていない。

これは、物理レイヤーや生命レイヤーには見られない性質である。重力法則は、誰にとっても変わらない。細胞膜の透過性は、遺伝子で決まっている。だが、文明レイヤーで内と外を分ける止めどころは——可変である。

止めどころが可変だということは、選別構造そのものが可変だということである。§2-4 で立てたとおり、圧縮は内と外を分ける構造であり、連続から単位を切り出して世界を数えられるものにする操作であった。止めどころが可変であるとは、その単位をどこで切り出すか——圧縮の輪郭そのもの——が、系の側で動かせるということを意味する。

MANES——仮の名前

ここに、本書がこれから取り組むべき問いの形が、ようやく見えてくる。

文明のレイヤーで作動している選別構造には、外から観察してその輪郭を特定する明瞭な手立てがない。それは法則でも生物でもなく、可変であり、止めどころを系の側で動かせる。そして同時に、それがなければ、この層で動いている系——人間社会、文明、「我ら」と呼ばれるもの——は立ち上がらない。

この正体不明の選別構造に、本書は仮の名前を与える。MANES(Meaning Anchor for Narrative and Existential Significance:物語と実存的意義のための意味の錨) である。

命名は解決ではない——次章への接続

これは命名であって解決ではない。MANES と名づけたことで、その正体が解明されたわけではない。本書の残りの大部分、とくに第Ⅱ部以降は、この正体不明の構造に対して、複数の角度から挑んでいく試みである。それが何を選別し、何を内と外に分け、どう動き、どう揺れ、どう壊れ、どう立て直されるか——個々の問いを、章を変えながら取り出していく。

「LEFFLAとLOT」(第3章)は、ここから降りて、もう少し具体的な装置を取り出す。圧縮が立ち上げる構造の内側と外側、そして本章で名づけた LEFFLA と対をなす「LOT」へと、進む。